Isang Yun
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尹伊桑(ユン・イサン(1917-1995) |
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| 朝鮮(現在の大韓民国)の慶尚南道統営(現統営市)生まれ。ドイツで活動し、アジア初の国際的に通用した作曲家。
戦前、大阪と東京で音楽の基礎を学び、自国で反日運動で逮捕されながらも、その後、故国で音楽の教員として教えたが、フランスに留学、さらにドイツに移るが、KCIAの東ベルリン事件で本国に送還。逮捕と拷問を受け、死刑を宣告されたが、シュトックハウゼンやストラヴィンスキーらの国際的な抗議の*後釈放され、1971年にドイツに帰化した。余生をベルリン芸術大学の作曲科教授として細川俊夫、嶋津武仁、古川聖、三輪眞弘などの多くの日本人の弟子を育て何回も来日もしており、日本では日本語を話した。
韓国人の弟子は当時韓国の法的な制限があり、せいぜい姜碩煕(カン・スキ)ぐらいが挙げられる程度である。代表作に光州事件をモチーフにした「光州よ、永遠に」、ベルリンフィル100周年の依嘱作品「交響曲第一番」等が有名で、著作に「傷ついた龍」(尹伊桑/ルイーゼ・リンザー)がある。
1980年代以降は新ロマン主義に正当性を認め、協和音程やオクターブも多用され、クライマックスすらも出現する。この時期も楽譜は古典的に書かれて、世界音楽的な様相を保っているにもかかわらず、室内協奏曲第一番やヴァイオリン協奏曲第三番などの作品では、なぜか韓国のイントネーションを強靭に感じさせる。なおかつ創作ペースが恐ろしく速く、その上で教職活動も行っており、正に韓国現代音楽の黎明に相応しい大作曲家ならではの天才であった。
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PIRI fur Oboe solo |
Heinz Holliger |
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